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「霞亭文庫目録」の作成を終えて

「霞亭文庫目録」の作成を終えて

小 林 元 江



 総合図書館所蔵の霞亭文庫の書誌解題目録が出版された。「霞亭文庫」は、旧蔵者渡辺霞亭が、情熱と資産をつぎこんて蒐集した、日本の近世文学及び演劇書関係のコレクションである。

大正年代、新聞小説や脚本にその技倆を発揮した渡辺霞亭は、古書の蒐集家としても、第一人者であった。その旧蔵書の一部が東大に入ったことにふれて、蔵書家で有名な、横山重先生は「書物探索」に次のように記されている。

 「霞亭の本は、ー部東大へはいった。大正十三年に、鹿田・村口・細川・木村の四軒の書店が、ー部ずつ値段を評価して、東大ヘ提出したが、その時の約束は、東大が受け取らない本は、書店が評価額で受け取るというのであった。つまり、他に買わせる値段は、自ら買う値段であるべきだという建前からである。評価の総額は、九万三千円であった。」

とあり、東大では予算の都合もあって、そのうち、約五万円分を購入したと伝えられる。当時は、震災後の復興連動の最中でもあり、そのような壮挙が出来たのであろう。

 今回、書誌解題目録として出版するに当り、従来の仮目録を一新して、次のように分類した。

 1.御伽草子・舞の本 2.仮名草子 3.浮世草子 4.読本 5.洒落本 6.滑稽本 7.咄本 8.赤本・黒本・青本 9.黄表紙・合巻 10.浄瑠璃 11.歌舞伎 12.歌謡 13.その他

  排架番号は、全体の通し番号をつけて「A00一霞亭一1(〜1159)」とした。余儀なく従来の書名を変更したものもあった。 .

 霞亭の蔵書印は、九種数えられる。大型の角印「霞亭文庫」が二種、短型の「霞亭文庫」が一種、この印は、最も多く捺印されている。中型の角印「霞亭珍」は、特に霞亭が珍蔵したと推察される本に用いられている。

他に、中型の「霞亭主人」「霞亭図書」「渡辺蔵書」等がある。小型の印は、 「霞亭」の二字で、縦型と横型の二種類があった。コレクションの中には蔵書印のないものも何点か数えられた。

今回の目録の特色といっていいのは、合綴本・貼込帖・寄せ本・摺物帖などの内容を、詳細に記載したことである。ここにその一部と、孤本、稀覯本を紹介すると

 「古歌舞伎番付」 貼込帖 一冊

 元禄・宝永・享保年間の京都の顔見世番付、及び、享保・元文年間の役割番付が、四帖に分けて九十余点綴られている。

 「歌舞伎風俗」 貼込帖 一冊

 ここには延宝三年顔見世番付「市村竹之丞座」、同じく「中村勘三郎座」がある。これは、番付としては最も古いものである。本館の「秋葉文庫」には、同じ年の「河原崎森田座合併」のものがあり、 これを合せると、江戸三座の、最古の顔見世番付が、本館に揃ったことになる。この帖には「元禄十六年 赤穂浪士追悼姿絵二枚」があり、鳥居清満の「市川団十郎のあらしゝ男之介」と「国性爺」、歌川豊国の「市川初代至る五代姿絵」等がある。「万治年間 吉原案内書断片」も面白い。

 「近世伎史」 貼込帖 四五冊

 佐野劇仙翁(蓬開)編纂の大型貼込帖である。享保から明治に至る歌舞伎資料(古番付・地方芝居・子供芝居・見立番付・改名録・師弟系図・錦絵・各種口上書・死絵・役者評判・木戸通り札等)が、次々に収録されている。これらは保存も良く、翁の生涯をかけて採集した記録をここにみる感がある。膨大なもので、殆どが未公開である。

 「人形番付集」 貼込帖 一冊

 「玉祭返魂香」(宝暦十三年九月)は、豊竹座における竹本筑後掾(義太夫)五十回忌追善のものである。竹田あやつりには「太平記忠臣講釋 からくり人丸明石硯」「からくり泰平宿直鑓」「からくり棒晒腰立波」など、竹田近江大掾の番付がある。これらは、人形からくりの珍しい舞台絵があり別項の近松浄瑠璃「ひぢりめん卯月紅葉」の表紙見返しの絵、および、「用明天王職人鑑」にみられる辰松八郎兵衛の舞台絵等と共に貴重な資料である。

 「古今四場居色競百人一首」 大本 一冊

 鳥居清信筆、元禄六年刊は、当時の俳優百人を選び狂歌を添えたもので、天下の孤本である。

 「鹿の巻筆」 大本 五巻五冊

 鹿野武左衛門の笑話を収める。この本は後に巻三「堺町馬の顔見世」が筆禍をうけ、元禄七年に板木焼却となった。全冊、原表紙に原題簽が揃っていて鮮かである。

 「杉楊枝」 半紙本 六巻六冊

 延宝八年の初板本である。藪医者竹斎が一休和尚の智徳に心服し、二人で狂歌を詠じながら行脚するという咄本である。

 「およふのあま」 写本 二巻二冊

 成立年は未詳、奈良絵本としては、地味なものであるが、孤本である。



               天狗のたいり



 「天狗のたいり」 写本 三巻三冊

 明暦四年の刊本の写しとされているが、胡蝶装の美しい奈良絵本である(写真参照)。

 「昔ばなし」 雛豆本

 花咲爺 舌切雀 桃太郎 かちかち山 さるかに合戦 ぶんぶく茶釜などの豆絵本。

次に霞亭自身の識語で面白いのを拾ってみる。

 「好色通変歌占」 小本 二冊

 「余は上巻のみを蔵し、東京の某氏は下巻のみを所持す。京都の細川開益堂、双方の間に立ちて、交互謄写その足らざるを補う 大正八年 霞亭」

 「諸国心中女」 大本 五巻五冊

 「此書永田有翠氏の珍蔵なりしを細川開益堂の仲介に依りて譲り受く、代価参百五 拾円也廉なりと云ふべからず然も二の巻は後摺也…大正九年一月中院 霞亭」とある。
 他にも「貧文人の古本癖又難い哉」などと書かれたものがみられ、古書に対する彼の熱意が感じられる。

霞亭以外の識語では、

 「傾城色三味線」 横本 五巻五冊

 この本には「八文字やにて浮世草紙を刊行せし最初の書なりと云 作者は自笑と伝ふれど、真は其石なり 洗水子しるす」の書入れがみられ、文献上、意義あるものである。




                 傾城武道桜



 「傾城武道桜」 横本 五巻合綴一冊(写真参照)

 「此冊子は宝永三年五月の発布なれば赤穂義士等死を命せられしより僅四年、著述せしは其前年比の事なるべければ、浅野家の敵討を綴りしは此書抔こそいちはやく作りしなるべけれ、女にかへ遊女の事となしたるは年間余り近くて、公の掟を思しか故なるべし 安政丙辰夏 種員」とあり、これは種彦の門下、柳下亭種員の識語である。 また「栄華遊二代男」には式亭三馬の識語もみられる。

 霞亭文庫は全冊が研究者垂涎の貴重書である。各分野ごとに、各々特色があって、 目録作成上、記述や表記の点、統一をとるのに苦労があった。従って、何度も手直しを加え、編成を改めた部分もあり、思わぬ月日を要した。

長期にわたり、編集にご参加いただいた、国文学研究資料館教授 本田康雄、駒沢大学教授 富士昭雄、学習院大学教授 諏訪春雄の諸先生及び、日本近世文学会の多くの先生方から懇切なご指導をいただいた。とりわけ最後に、東京大学名誉教授 市古貞次先生の監修を仰ぎ得たのは、至上の喜びであった。

「霞亭文庫」の題字は、館長の裏田先生のご揮毫によるものである。出版に当っては、部課長の並々ならぬご尽力があった。図書館同僚の長年のご支援とご協力を得て、 ここに無事に責務を終えることが出来たことを、有難く感謝している次第である。

(総合図書館和漢書目録掛)


「書物探索」は誤植。横山重『書物捜索』(角川書店, 1978)上 p. 412

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